キックオフ号

フランス「INRA」 ユベール・シロン氏

今回は、フランス「INRA」において長年パンに関する研究に従事されている、「ユベール・シロン氏」にお話しを伺うことが出来た。パンの祖国フランスのパンに纏わる話を伺った。

ーはじめにフランスの食文化において、パンはどのような役割を担っているのかお聞かせください

シロン
「フランス人にとってパンは日々の食べ物です。フランスの食生活は言うなればパン屋、パン職人、パン食と深い関わりがあるとでも言っても良いでしょう。幼少期から続いている日常の風景とでも言いましょうか」

ーパンは日常の糧ともいえるのですね

シロン
「しかしながらパンの消費は減少してきています。フランス人は食に関してもそうですが、はっきりとした意志を持っているので常に最良の質を求め、お店に対しての要求が多いことも否めません」

ーなるほど、毎日食べる物ですので当然かと思います。次にフランスのパンの中で代表的なバゲットは土からの恵み(バターやチーズ)や海からの恵み(魚や海の幸など)どんな食材とも相性が良いという印象ですが、バゲットの魅力についてお聞かせください

シロン
「バゲットは灰分の少ない小麦粉から作られ、発酵、焼成によりうまれる香りが特徴で、あらゆる種類の食べ物と一緒に食べる事ができます。例えば、朝食用のタルティーヌや子供のおやつまで甘い味付けをしたものとしても食べられています。塩味の食べ物とも相性は良いのはご存知かと思います。多様性のあるパンですから食生活には欠かせないものです」

ー先程のパンの質問でもあったように、バゲットも食生活の中で欠かせない存在というわけですかね。

シロン
「フランスの食生活はパンといくつかの料理を決まった組み合わせで食べることがあります。例えば、ライ麦パンとロックフォールチーズ、パン・ド・カンパーニュと伝統的なシャルキュトリー(ハム、ソーセージなど)などです」

ーパンと料理、各々を美味しくするとでも言いましょうか

シロン
「日本の米食文化も同じように多目的に使用されます。白米の香りは、多用な料理との組み合わせに有利に作用します。つまり米もバゲットも、日本とフランス、それぞれの人々の好みに合う主食と言えるのではないでしょうか」

ーバゲットは日本のお米のような存在と言う訳ですね。それでは次に長きにわたってシロンさんがパンの研究をされてきた「INRA」に関してお聞かせ願いたいのですが、どのような研究をされている施設なのでしょうか

シロン
「私が働く「INRA」はナントにあります。研究とひと言にいっても様々で、パンの配合内の塩を減らすテストや繊維を増やす実験など新しいレシピに関しての研究を行っています。
また、私達は情報科学者と共に、製パン専門家への論証を数科学的モデルで表す、製パン知識の研究も行います。パンは麦から小麦粉に製粉され、そして職人の手によってパンになります。 そのプロセスをプロフェッショナルな手順で研究し、定期刊行物やシンポジウム等で結果を発表しています」

ーそういった研究が、フランスのパン食文化を支えているのですね。次にフランスではパンに関しての法令(デクレ・パン)が定められているようですが、メリットやデメリットがあれば教えてください。

シロン
「デクレ・パンの定義には冷凍のパンでないこと、添加物の付加のないこと等が含まれます。おかげで、伝統的な製法が守られるようになりました。同時に、これはパンを購入する消費者の立場も守られる法令でもあるのです」

ーなんでもアリの日本では考え難いですが

シロン
「工場生産の冷凍生地やホイロ後冷凍製品を焼いて販売している店もありますので、そういった店とは一線を画すると言っても良いでしょう」

—使用される原材料も厳密に決められていますしね

シロン
「デクレ・パンの政令のお陰で、時代と共に短くなった発酵時間を長く取る製法に見直されました。他にもイーストの補足としてルヴァン・リキッドを利用するようにもなりました。大量生産の際に使用されるラックオーブンの普及に伴いバゲットを天板で焼成する店舗が増えましたが、その焼成方法が見直されたのもデクレ・パンによるところが大きいと思います。以上のようにデクレ・パンによって、デメリットよりメリットの方が多いことは明白です」

ーフランス人なら伝統的なパンを焼いている店に通うでしょうね

シロン
「1993年にデクレ・パンが公的に認定されるまでは、即成で作るバゲットが横行していた時代がありました。デクレ・パンが制定され、伝統的なバゲットが戻ってきました。あえてデメリットと捉えられると、日常で食べるバゲットの質を改革することが難しくなってきていると言えるかもしれません。」

ーパリではバゲットコンテストなども行われていると聞きますので、これからも美味しいパンが提供されることを期待したいですが。次にシロンさんのご出身地のパンに関して教えてください。現在はナントにお住まいとお聞きしましたが、どのようなところでしょうか?

シロン
「私の住んでいるナントは、ブルターニュ地方、ヴァンデ地方にも近いので質の高いブーランジュリーが集まっています。パリとは違ってフランスの地方では、1つのパンを何日か掛けて食べるので、長期保存を目的としてルヴァンを使うことがあります。そういったパンを焼く優秀な職人が集まっています。」

ー地方特有のパンが食べられるわけですね

シロン
「パン・ボヌベル(Pain Bonebel)と言うナント発祥のパンがありますが、砕いた小麦、ルヴァン・リキッド、塩で作られています。その他にヴァンデ地方はブリオッシュタイプのパンが多く作られています。ラ・ガッシュ(la gâche)は家庭で作られ始め今も昔から伝わる製法が守られています。他にもラ・フアス・ナンテーズ(la fuace nantaise) は、砂糖、バター、牛乳を使った栄養価の高い星形のパンです。ブドウの収穫祭の時期に作られ、クラムは密度が高くもろく、とても個性的なパンです」


パン・ボヌベル(Pain Bonebel)


ラ・ガッシュ(la gâche)


ラ・フアス・ナンテーズ(la fuace nantaise)

話を聞いていて、シロン氏の講演をはじめて聞いた時にこんな話をしてくれたことを思い出した。
「美味しいパンと少しのバターもしくはチーズとワインが一杯あれば、フランス人は山をも持ち上げる」

フランス人のパンとの関わり方は今回お伝えしたようなことは一部だと思うので、これからも様々な情報をシロン氏に提供願いたいと考えています。

今回は「ラトリエ・ドゥ・カンデル・トウキョウ」の奥田有香さんに通訳をお願いしました。 http://www.kandel.jp/produits.html

プロフィール

1977年から、国立ナント農学研究所(Institut National de la Recherche Agronomique de Nantes=INRA)の製パン実験室責任者として、配合の改良および、新製法の及ぼす影響についての研究を担当。
4代続くパン職人の家系に生まれ、小麦-小麦粉-パンという関連性について、フランス 国内のみならず、ヨーロッパレベルで様々なプロジェクトに取り組む。
研究界、アルチザン、産業界をつなぐ、インターフェイスとして多くのミッションをこなし、そのコンサルティングもまた海外にまで及ぶ。
製パンの科学的および技術的論文を多数執筆し、パンに関する書籍は2冊出版。
パンに対する真の情熱を持ち、2008年からはアミカル・カルヴェル(カルヴェル友の会)・フラン スの会長を務める。
(アミカル・カルヴェル・フランスとは)
“カルヴェル教授のボンパンに忠実な弟子と友人達の友の会”のことで、1986年にパリで発足したカルヴェル教授を中心とした会である。
初代会長をジェラール・ムニエ氏が務め、日本支部は1988年に発足(会長ピエール・プリジャン氏)。
2005年、カルヴェル教授が死去した後も教授の教えを引き継ぐため会は継続され、2008年からユベール・シロン氏が会長を引き継ぐ。
フランス本部で発行されている会報誌には、 技術レポートや歴史的考察、フランス以外の国のアミカル会員からのレポートなど、充実した記事が掲載されている。
(一般財団法人 藤井幸男記念・教育振興会ホームページより)

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