パン屋さん

パンを楽しむ料理 10 フランスパン屋研修 最終話 

ンを楽しむ料理 10

鈴木優子

フランスパン屋研修 最終話

本来このコンテンツは、鈴木さんにパンと料理の相性などを検証、提案していくものでしたが、コロナの影響で鈴木さんと代替え案を打ち合わせしている際に、フランスでパン屋に研修に入った際のレポートがあると聞いて送ってもらいました。

我々、記者が外からパン屋さんをレポートするのではなく、中で働いた人のリアルな体験は貴重な話として綴られていました。

レポートは期間にも関わらず、パン作り、販売、のみではなく、マーケティングまで体験談でした

インターネットの普及で情報が溢れている昨今ですがパンが主食の国のパン屋さんレポートは貴重な情報となりました

 

20071

お給料ゲット!! 1月10日、小切手と給料明細が手渡された。私のお給料のカウントは12月23日から31日の8日間のみ。時給は8.5ユーロで1週間にどんなに働いても支払われるのは週35時間までと決まっている。税金と保険を支払い、お給料をもらっていない時は無料だった穴倉(アパート)代もしっかり引かれていた。

8日間しっかり働いて280ユーロ(約43000円)の手取りを得る事が出来た。労働に対する金額が正しく評価されているのかどうかなどと考えていては楽しくないので素直に嬉しく思い、ゼロとの違いを感じる。

このお給料は大切にパン屋を離れてからの生活の足しにする予定である。ボルドーでのブドウの収穫の時に頂いたものと合わせ430ユーロと9ヶ月滞在している割には何とものんびりな収入だが、頂けた事に心から感謝。円が弱くユーロがドンドン強くなっている今、少しでもユーロの収入があることが心強い。

 20072

ビエノワズリー終了

最初は2:00出勤にひるんでいた私も0:00出勤は当たり前に。夜中の労働も早4ヶ月が経過し、23日にビエノワズリ部門の終了を迎えた。10月末・11月はオーナーと2人だけでゆっくりとした時が流れていたが12月に入り、シーズンイン。スタッフも増えて出勤時間も早まり労働時間も長くなり忙しい日々が続いた。そんな中給料交渉をし、見事獲得。

しかも1月分の収入は手取りで960ユーロ(約15万円)と大きく進歩仕事中は、忙しい中でとっさに出てこないフランス語力の少なさに落胆し、自分にイライラ。数字に弱いフランス人、ちょっとした掛け算や割り算が出来なく、いつもトンチンカンな事を言っていて仕事が進まずイライラ。物事の優先順位が分かってない人にイライラ。自分は人間としてまだまだだなぁって思う事は多々あった。違う事は覚悟の上で自分が飛び込んだ世界だけれど、異なる価値観を持つ人達と共に仕事をして大変な思いもした。

が、総体的に考えるとみんなと仲良く楽しく仕事が出来たし、多くの事を学んだ。私は自分の仕事をしながらも周りの誰が何をやっていて助けが必要とか、何が足りないから持っていってあげた方が良いとか、そういうことを絶えず考え実行するのが好きな様だ。だからみんなに感謝してもらえたし、逆に状況を判断し周りの人も助け合うようになった。

 作業は早く、丁寧にをモットーに掲げ実行していたつもりで、周囲の人も気付いてくれていた。スタッフから「ユウコみたいに早く仕事が出来たら良いけれど、私にはまだ出来ないなぁ」と言い、オーナーに何かを頼まれて「もうそれ終わったよ」って言うといつの間に?!とビックリする。私の休みの日にサンドイッチを作ったスタッフは売り子のボスに「ユウコみたいに綺麗なサンドイッチを作ってよ」と言われたらしい。

翌日「怒られちゃったぁ」と言って来た。売り子のボスは私に向かってコメントをしたこと無かったが、綺麗に作っていると分かってくれていて、嬉しかった。ちょっとした所で自分の存在を認めてもらえた事に喜びを感じた。

  ブリオッシュの生地を仕込むのに40kgの小麦粉、15kgの卵、8kgの砂糖、6kgの牛乳などを使用する。地下の作業場から1階のミキサーまで粉以外の材料を持って上がり、仕込みをし、出来上がり80kg以上になる生地が出来たら地下の作業場まで1人でセッセと運ぶ。そんな作業も毎日の事で慣れたものだった。同じ材料で同じ環境の中でも均一の品質を保つ難しさを感じ、でも、均一である必要はないのかもしれないとココの人達を見ていて思う。差があるから面白いのかもしれないという考えも浮かぶ。

 日本の消費者は手作りだろうと工場製品だろうと品質は常に一緒が当たり前だと思い過ぎている気がする。こちらの消費者は手作りの物には差があって当たり前。その時良さそうな物を自分の目で選ぶ力と差を楽しむ力を持っている気がする。フランス贔屓な考え方かもしれない。

 このビエノワズリー部門にいた日々で多くの事を考え、自分自身の良い部分も嫌な部分も再認識し、パンを作るという事とも久しぶりに向き合い、フランスの職人達と一緒に作業をする事により教わったことも多かった。過ぎてしまえばあっという間の4ヶ月だが、過酷な条件の中で正直良く頑張ったと思う。

 仕事終了した翌日は休暇だったが、朝4:00に起きて厨房へ行き、みんなの作業姿の写真を撮った。昨日までと同じ職場なのに、自分が仕事している時と全く違う感じがした。自分が仲間じゃない様な、何か1人ぼっちのような。居心地の悪いような。もう一緒に作業をしないと思うとやはりちょっと寂しかった。仕事をするみんなの写真を撮り、店を出た。真剣に物造りをしている人の姿は素敵だなぁと思いながら。

パンと私

パン屋の近くに漂う香り、お店に入ってトレイとトングを持って選ぶドキドキ感がたまらなく好きで、幼稚園生の時にパン屋になりたいと思った。小学生の時はフランスパンにはまっていて、近所のパン屋でいつも買ってもらっていた。ちょっとネチっとした食感としっかりきいた塩味が好きだった。

高校生の時は都内ベーカリーを回って色々なパンを食べた。いつかフランスでバゲットを食べたいと思いつつ。フランスのパン屋でベストな状態の美味しいパンを毎日食べられる。とても幸せな事である。製粉会社で仕事をしていた時はクライアントの要望にあわせて色々なパンを提案した。「毎日食べても飽きないパン」というのも永遠のテーマな感じがしていた

「毎日食べたくなるクセになるパン」造りが必要なのだと今は思う。

食べたくてわざわざ買いに行ってしまいたくなるもの。それじゃなきゃ満足出来ない魅力つくり。

今のお店のバゲットを食べている私はクセになっている。香りがしっかりしているし、塩味も良い加減で利いている。底の部分の堅いしっかりした食感と中のむっちりした食感のコントラストも良い。香り・味・食感のバランスが良く、今ではバゲットが無いと食事をした気がしない。噛むという事も大切な要素である。おコメと一緒で噛んでいると甘くなる。

噛む喜びを感じながら味わうパン造りが出来たら最高だと思う。美味しい素材を選ぶこと。決して奇をてらった物を使うことではない。あとは製法により香りと食感を出してあげれば良いのだと思う。なんて、色々と考えながら穴倉のアパートで毎日パンを食べていパンを作る技術だけでなくパン食文化を体感したいと思い、ワーキングホリデービザを取得して渡仏。多くの事を感じ、考え、学んだ協力してくださった人々への感謝を忘れずに、これからも一生パンと関わりながら歩み続けたい。

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